4人5脚+2ワンコ

カテゴリ:心のつぶやき( 6 )

愚痴

好かれないと言うことは


行動したらしたで何かを言われ
行動しないならしないで何かを言われるんだと
この年になって理解しました。

長所を頑張って頑張って努力して努力して伸ばしても
その長所の陰に短所を隠せない。

右の道を歩いても
左の道を歩いても
その先は同じ所につながっているんだなと思いました。

だったら

心の置きどころがある方に舵を切って行こう。
行動するにしても しないにしても

どちらいにしても吹く風は
心地良くなんかないんだから。

by 6coro | 2017-06-26 00:21 | 心のつぶやき | Comments(0)

ああ そうかぁ

人様を見ていると

私は苦しさに負けて努力を怠ったんだなぁって思った。
by 6coro | 2017-04-16 00:24 | 心のつぶやき

「自分の人生を生きること」しかできない

今年は何とか年末、年始と乗り切れたと思った先週末、思いもかけず落ちました。

それが、中(自分の心もしくは身)から来たのか外(季節・気候や対人的なこと)から来たのか・・・・。

・・・「外」のこととして、思い当たることはあります。しかし、私がどうにかできることではありません。気の毒で切なくなるのですが、誰の人生にも「困難」はあり、替ってあげることはできません。

・・・・いつか力になれることがあったらできるだけのことをしようと思います・・・・。

当事者でない私は、本当は揺れて落ちていてはいけないと思います。ですが御し難い時もあります。というか、大抵御し難い。何だか心の奥の方がザワザワと落ちつかず、だるくて眠い・・・・・・そんな1週間ほどでした。今日はだいぶ楽です。これが「ほんのひと時のこと」なのか、今回の「出口」なのかは解らないけれど・・・。

私は同じ軌道をグルグルと周回することしかできないようです。「不調」を0にはできないみたい。ただ、前ほど「深み」に填まらないで過ごせているかも。長く生きれば生きるほど対峙する「哀しみ」は増えていくのだろうから、昇華する心の力を養わなければと思います。

きっと、何を持っていて何を持っていなくても、あまり大差はなくて、ただただ「生きる」のみ。

そんな大層なことを思える今日はやはり楽なんだと思います。

by 6coro | 2017-01-13 11:17 | 心のつぶやき

自分への約束




(今日の事を明日に)先送りはNG
(明日の事を今日に)前倒しはOK



守れている内は元気です。
by 6coro | 2016-05-18 22:27 | 心のつぶやき | Comments(0)

私は絶対に言わない

某番組で【「’16年も〇から拾ってきた子」は「橋」である説】と言うのをやっていました。
その検証をインタビューでやっていました。結果は、親から「おまえは〇から拾ってきた子だよ」と言われたことのある人の中で1位はやはり「橋」でした。

そのコーナーの締めくくりに小藪さんが「僕にも子供がいますが、言ったことありませんね。『言ったとて』ねぇ」と。
坂下さんも「私は言われたけど、私も子供に言ったことない」と。


私も絶対に言いません。自分が小さい頃に言われて信じて大変ショックを受けたから。その時の悲しい思いたるや・・・。親の言うことを信じきる時期ってあると思います。言っちゃダメだよ。
by 6coro | 2016-02-18 09:36 | 心のつぶやき

「受容」について

WEBの国語事典で「受容」って言葉を調べました。

じゅよう 0 【受容】
(名)スル
うけいれること。



ここの所、この言葉をキーワードに学びたいことがあったんです。
そして辿り着いた言葉が「障害の受容」です。

少しよそ様のサイトから引用します。
障害受容には段階があります。

障害受容のプロセス
1.ショック → 2.否認 → 3.抑うつと怒り → 4.適応 → 5.再起

これは障害を受容するプロセス、あるいは「喪の作業」 moaning work のプロセスと言われるものです。これは心理的なプロセスとして考えられていますが、ストレス-脆弱性モデルから言えば、これは生物学的プロセスです。大切な人を亡くしたとき、あるいは重大な障害を受け入れなければならないとき、また障害のある子どもを持ったとき誰でも体験する正常なストレス反応だからです。

また同じサイトさんに下記も載っていました。
障害児の母親が、その子の障害を受容していくプロセスも「死の受容」のプロセスと同じです。違うのは、死の受容は、否認―怒りー取り引きー抑うつー受容と一直線(ひとまわり)なのに対して、こちらは何回もまわるらせん状になっていることです。子どもの成長につれ、受容したつもりがあやしくなり、また同じプロセスを回って、受容しなおし、次第に深い、本格的な受容へとらせん状に昇りつめていきます。
補足です。ここに出てくる「死の受容」とは、不治の病などで余命を宣告された患者さんがその事をどうやって受け留めていくかというプロセスのことです。

そして今、メジカルフレンド社の「看護学大事典第二版」で「障害の受容」を引いてみました。以下原文を写します。

障害の受容(英 acceptancs of disability)
リハビリテーションの主体は障害者自身であることと関係し、障害者自身がまず障害をありのままに理解し、障害をもちながら新しい生き方をしていくという過程はきわめて重要である。

その本質は価値観の転換にある。
障害受容の過程は、
ショック(障害発生時期の無関心な状態)
→否認(疾病・障害の否認)
→認識の混乱(嘆き、抑うつ、攻撃的心理状態)
→解決への努力(新しい価値・役割の発見、拡大)
→分離の不安
→新しい生き方、価値観の獲得を通して障害の受容
といった各段階に分けられる。


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by 6coro | 2007-03-25 22:24 | 心のつぶやき

闘病記録・子育て雑記・趣味など、後々自分史になれば・・・と綴っています^-^*
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